【第五回】公認心理師が解説!からだケアのための”こころケア”

<第五回>
女性ならではのお悩みとACT
〜更年期障害や月経前症候群(PMS)などに対する効果とは〜

前回のおさらい

ここまでの記事で、「避けられない痛みは受け容れながら有意義な人生を切り拓く手法」として、認知行動療法(Cognitive Behavioral Therapy; CBT)の第三世代であるAcceptance and commitment Therapy(以下ACT)をご紹介してきました(ACTについての詳細はこちら)。
今回は、このACTが、月経前症候群 (premenstrual syndrome: 以下PMS)や更年期症状など女性特有の症状に対してどのように効果があるのかについてお話をしたいと思います。

PMS(月経前症候群)と更年期障害について

PMSとは、月経前の黄体期に精神症状(抑うつ、不安、焦燥など)や身体症状(易疲労感、浮腫、乳房圧痛など)を発現し、月経開始と共にそれらの症状が減退ないし消失するものを指します。 また、似たような症状を呈するものとして更年期障害が挙げられます。

更年期障害の場合、
①「ほてり」「発汗」「のぼせ」などの血管運動神経症状
②「易疲労感」「めまい」「動悸」「頭痛」「肩凝り」「腰背部痛」「関節痛」「冷え」などの身体症状
③「不眠」「イライラ」「不安感」「抑うつ気分」など精神症状
といった大きく3つに分類される多種多様な症状を呈すると言われています1)

PMSにも更年期症状においても共通している点は、多様な症状が患者自身に苦痛を与えるばかりでなく、その女性の社会的機能や人間関係にも影響を及ぼすという点です。日本では、70~80%の女性が月経前の症状を抱えており、生活に困難を感じるほど強い症状を示す女性の割合が5.4%であると言われています2)
また、更年期症状をもつ女性へのアンケートによる、更年期症状による仕事への影響があると答えた方は41.3%とほぼ半数に支障が出ていることが明らかになっています3)
PMSや更年期症状に対しては薬物療法4) 5) による効果も見られることや使用の推奨もある一方で、薬物の長期利用による問題6)や、上記のような仕事への支障を含む社会的な症状には効果が示されないことが問題として挙げられています4)

PMSや更年期障害に認知行動療法(ACT)は効果があるのか?

これまでご紹介してきたように、「コントロールができないこと(症状のことやそれに伴う不安)は忘れよう・避けよう」とするのではなく、うまく付き合っていくことが重要であるというACTの考え方に基づく介入はこれらのPMSや更年期症状に機能する可能性があると考えられています。
しかしながら現在のところ、まだまだ研究が進んでいるとは言い難い分野なので、『絶対的にACTが良い!』と言い切れるわけではありません。実際、更年期症状に対しては、リラクセーション、マインドフルネスなどの方法に効果があるとされる一方でまだまだ研究としては浅いことが言われています。ですので、ACTが全てではないものの、一部ACTの手法が機能すると述べている研究もあるので、今日はそれをご紹介して終わりたいと思います。

その研究の中では、ACTの中の「脱フュージョン」の介入がPMSに対して、効果がある可能性があると示しています7)。「脱フュージョン」とは、思考とうまく付き合う方法です。我々人間は言葉のルールというものだけで、行動を変化させることができるというメリットがあります。しかし、「PMSの症状が出たら何も動けない」といったように言葉で簡単に自分を縛り、行動を制限してしまうこともあるわけです。このように行動よりも思考が優先され、思考に振り回されてしまうような状態を、思考が自分に張りついて離れないという意味で「認知的フュージョン」と呼び、この状態を脱する方法をACTでは「脱フュージョン」と呼んでいます。

思考というのは重要な一方で、ただの文字の羅列でしかないとも言えます。思考とうまく付き合うためには、いつも現れる不快な思考に「慎重ちゃん」とか「ファンさん(不安さん)」などという名前をつけてみたり、鼻をつまんでアニメのような声で面白おかしく読んでみるといったようなエクササイズをやってみたりしても良いと言われています。
滑稽に思えるかもしれないですが、このように、自分の中にある思考を外側に取り出し、それはただの音声や文字でしかないことに気がつく、脱フュージョンのエクササイズの実践を繰り返していくことで、思考に振り回されながら物事を見るのではなく、意識して思考を眺めることができるようになっていきます。
「自分はPMSがあるから今日は動けないと考えているんだな」とちょっと俯瞰して見られることで、行動の制限が少し緩むということがあるかもしれません。その上で、第三回の記事でご紹介したように、「価値」に沿う行動にコミットしていくことで、 PMSの症状にまつわる嫌な考えは頭の中にあるけれども自分にとって大事な行動は行うことができる状態を作ることもできていくと、冒頭で述べたような社会的な症状も少しずつ和らぐのではないでしょうか。

( 参考文献)

  1. 更年期障害の診断上の留意点は. 日本産婦人科学会編集. 産婦人科診療ガイドライン 婦人科外来編2020. 東京:日本産婦人科学会事務局;180-181. 2020
  2. 日本産科婦人科学会(2018).月経前症候群(premenstrual syndrome: PMS) Retrieved November 5, 2023,
  3. 生理やP M S、更年期・・・・・・職場における女性の健康課題を徹底調査(2), 働く女性のウェルネス向上委員会
    https://women-wellness.metro.tokyo.lg.jp/questionnaire/02/
  4. Graham, C. A., & Sherwin, B. B. (1992). A prospec- tive treatment study of premenstrual symptoms using a triphasic oral contraceptive. Journal of Psychosomatic Research, 36, 257–266.
  5. 日本女性医学学会(2014).女性医学ガイドブッ ク―更年期医療編― 金原出版
  6. Posadzki, P., Lee, M. S., Moon, T. W., Choi, T. Y., Park, T. Y., & Ernst, E. (2013). Prevalence of complementary and alternative medicine (CAM) use by menopausal women: A systematic review of surveys. Maturitas, 75,34- 43.
  7. 船津・嶋・武藤(2023) 月経前症候群により社会的症状の有無と心理的柔軟性の関連性 認知行動療法研究, May.2024. https://doi.org/10.24468/jjbct.23-009

<ライターProfile>
name :藤本志乃(ふじもと しの)
保有資格:公認心理師・臨床心理士
【得意分野】
・Acceptance and Commitment Therapy(マインドフルネス・認知行動療法)
・より良い生き方を軸におくカウンセリング(子育て・女性・働く人)
・慢性疾患をもつ方のカウンセリング
【略歴】
教育相談の経験後、腎臓内科にて透析患者のカウンセリングに従事し、慢性疾患患者が疾患をもちながらより良く生きていくための心理的介入に関する研究や講演なども行ってきた。その後、”よりよく生きることを考える”をテーマにLe:selfにて、オンラインでのカウンセリング・マインドフルネス・ACTワークショップなどを行っている。

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