【第3回】あん摩マッサージ指圧師の手技療法よもやま話

治療院のリアルな話
〜ショートショート3選〜

自費で治療をするようになり、いろんなお客様が受けにきてくださるようになりました。
施術師はお客様とのやり取りを通して技術的にも精神的にも成長します。そのなかでも特に記憶に残っているお客様のカルテを紐解きながら、ノンフィクションで綴ります。

1)初めての施術で2時間爆睡していったRさん

世間ではまだ感染症を警戒する雰囲気が強く残っていた2021年当時。
治療院を開けていてもお客さんが戻って来ない日が続いていました。

そんな頃に来院されたRさんは、セラピストとして10年以上のキャリアを持つ女性でした。縁あって一度、私の施術を受けてみたいという話になり高円寺までお越しになりました。

彼女の仕事が終わって、夜7時から当院での施術。

聞いてもらいたい話も溜まっていたようで、仰向けになってからも矢継ぎ早にいろいろなことを話してきます。一日の疲れを取りに来たんだろうなぁ、と思いながら施術をしていました。
マシンガンのようにまくし立てたあと、しばらくすると急に静かになり…電池が切れたようにスースーと寝息を立て始めました。

「あ、寝ちゃったんだ」

そう思いつつ、いつも通りに施術をします。ひと通りの施術を終えて45分が経ちました。そろそろ起こさないと…。

「Rさん、終わりましたよ」

返事がありません。

「Rさん…。」

よほど疲れているのかなと思った私は、5分ほど寝てもらおうと思って一旦、ベッドサイドから離れました。

時計を見て10分ほど経ってから再び、声を掛けます。
しかし返事はありません。泥のように眠っているとはこのことです。
まったく知らない間柄ではないし、今日の最後のお客さんだから仕方ないか。
そう思った私は、いつ起きてくるのかしばらく様子を見ることにしました。

30分経っても起きません。施術が終わってから1時間以上が経とうとしています。

「Rさん、終わりましたよ」

とても深く眠っていたようで、声を掛けるとビクッとして飛び上がるように体を起こしました。

「あれ、私。寝ちゃってました?」

「はい、しばらく寝てました」

時計を見るRさん。

「えっ!?もう9時過ぎてる…」

ものすごくバツの悪そうな顔をしてゴメンナサイを連発します。

「いいですよ、いろんな日がありますからね」

…私が掛けた精一杯の言葉でした。 この出来事が功を奏したのか、その後もRさんは定期的に治療院へ眠りに来てくれています。ぐっすり眠れることって大切だなと思った一件でした。

2)治療院を絞ることで首の痛みが消えていったYさん

Yさんは結婚を機に高円寺に住むようになりました。これまでの慣れた土地から初めての場所に引っ越して来て、Googleマップで当院を見つけてお越しになりました。

40代のキャリアウーマンです。最初の訴えは、慢性的な肩こりと振り向くのが辛くなるくらいの首の痛み、そして腰痛でした。
回数券を購入して通って下さっているのですが、4回目の施術で「おかしいな?」と感じました。それまで1週間から10日に一度の割合で来ていたのですが、いまひとつ症状が良くなっていきません。

「多くの場合、何回かの施術でお体が変化していくのですが、Yさんの痛みの状態はあまり変わってないように思います…」

そう伝えると「今まで10日に一度くらいの割合でこちらを予約していたんですけど、どうしても辛くって、ここに来る前にほかの接骨院にも行って電気を当ててもらっていたんです」とおっしゃいました。

こういう時はどんな言葉を返すかで、治療家としての姿勢が問われる瞬間です。

「もし、差し支えなければ週一回来てもらっていいので、うちだけにしてもらえませんか。」と伝えます。そして続けて、例え話をしました。

コロッケにソースをかけると美味しく食べれますよね。でも、ソースのほかにケチャップもマヨネーズもかけてしまうと変な味になりませんか。それと同じで治療で効果を出そうとするなら、一つの刺激だけに絞るほうが体の変化は早いんです。
うちを選んでいただいてもいいですし、もう一つのお店に行ってもらっても構いません。どちらか一つにしたほうが良いと思います、と気持ちを込めてお伝えしました。

Yさんはその場でうちを選んでくれました。

当院だけに来てもらうように伝えてから3回目のことです。
「痛いのはまだあるんですが、痛みの質が変わってきました」と仰います。「朝、起きたときに痛いのが減ってきたのと、ズキズキする場所が小さくなってきた感じがします。」

それからも継続してお越しくださり、初回の来院から約4ヶ月後には首の痛みもほぼ消えていきました。

Yさんの趣味は走ること。半年経った頃には「ハーフマラソンを自己ベストで完走できた」という嬉しい報告もいただきました。ご本人にとって記録を出せたことが自信につながったようです。 そんなYさんも当院に通うようになって間もなく1年になります。いまではご夫婦で当院の施術を受けてくださっています。

3)一瞬、疑いの眼差しを向けたFさんから学んだ患者様に向き合う姿勢

Fさんは地元の工務店の社長さんです。
長年の腰痛と右膝の痛み、足のしびれに悩んでおり、当院にお越しになりました。

今から1年3カ月ほど前のことです。寝返りを打つと腰が痛くて目が覚めてしまう。
そのせいで夜も何度も起きてしまい、よく寝られないという状況でした。

現在の状態を点数にすると何点ですか?という質問には100点満点なら30点と仰います。それだけでかなり辛いことがわかります。

最初のうちは「週1回来たい、それでよくなるなら早く治してほしい」と仰っていました。

あくまでも治っていく過程はご自身の治癒力による変化です。必要なところに筋肉をつけること。腰への体重のかかり方を変えていくのなら、いままでとは違う立ち方、歩き方になっていくことをお伝えしました。

Fさんの既往歴を紐解くと10代の頃に交通事故をしており、その際に右の足首を複雑骨折していることがわかりました。たしかに足首の動きを見てみると右側のほうが背屈できません。むしろ、よくこれで歩けていた…と思えるくらいの足首の硬さでした。

ヒトは重力下で生きているため、足首-脛-大腿-骨盤-背骨…と順に偏りなく荷重がかかることで本来の動きをすることができます。
それがFさんの場合は右足首という一番、根底のところからひずみが生まれてしまっています。これでは腰痛や膝の痛みが出るのも無理はありません。

体重が適切な位置に掛かることで、きっとよくなっていきます。
そのためには足首から変えて行きましょう、とお伝えして施術を始めていきました。そして2度目に来院されたときに「右膝の痛みが変わってきた」「右の足首が動くようになった」と話されました。

Fさんはよくなりたい一心です。
「自分でできることは何かありますか?」と質問されたので、「散歩をしてください」とお答えしました。

手に何も持たず、リュックも背負わずにただただ歩く。手ぶらで散歩をすることで、足首と背骨にバランスよく体重が掛かります。腕を振りながら歩くことは背骨を支える小さい筋肉に十分な刺激が入るので、必要なところに筋肉が育ってくるという説明をしました。

まだ痛みはあるものの、回を重ねるごとに痛む場所や痛み方の感じが変わっていくのを経験され、これならよくなるかも?と期待して来院から1カ月ほど経った頃のことです。

「急に左足が痛くなって、足を引きずるように歩いています」と仰います。
様子を聞くと、どうやら間欠性跛行のようです。
そして「以前みたいに夜中に痛くて目が覚めてしまいます」と続けられました。

やっとよくなってきたのにどうして?という気持ちと、本当によくなっているの?と疑う眼差しで私を見ているのがわかります。

「そうですか。この痛い状態を乗り越えたときに腰が本来の状態に戻っていきます」
そうお伝えしました。足首の動きと股関節と膝を曲げたときの違和感は、当初より改善されています。

かつての交通事故による影響は消えているはず。いよいよ腰の位置が収まるべきところに収まっていく段階で、一時的に出ている痛みだと解釈しました。

「きっとよくなりますよ」

Fさんの目をしっかりと見つめて、ハッキリとお伝えしました。そこまで言うなら…とFさんもそれ以上言うのはやめて、その日の施術が始まりました。
足首の動き、骨盤の傾きなど必要なところをチェックして、淡々と施術を続けていきます。
治療家という仕事、とくに自費で施術をしている場合はお客様との信頼関係がダイレクトに結果に結びつきます。
どんなときも自信をもって施術をする。お客さんが不安な気持ちになっているときこそ、施術者は症状が快方に向かうよう堂々と立ち振る舞うことが求められます。それは相手の生きる力を信頼することにほかなりません。

その後、数回の施術でFさんの間欠性跛行は消失して、夜、寝返りをうっても痛むことなく朝までぐっすりと眠れるようになりました。このように施術による変化が現れたことは、治療家としての自信につながる経験でした。

まとめ

今回の記事では3つのストーリーを紹介しました。
いずれも「お客様との信頼関係を築いていくことが肝」ということを身に染みて感じた事例です。

自費で治療院を運営していくには、集客だけでもダメ。技術だけでも足りないものがあると思います。それは、お客様と同じ方向を向くこと。そして相手のなかにある治癒力を信じることに尽きます。

毎年のように国民医療費は増加の一途をたどっています。保険診療に頼るだけでなく、自費でしっかりと結果を出して多くの人々の健康に寄与できるマッサージ師が増えていくことを願っています。

<ライターProfile>
name :神田浩士(かんだ ひろし)
保有資格:あん摩マッサージ指圧師、鍼灸マッサージ教員資格

【得意分野】
・指圧をはじめとする徒手療法による施術
・徒手療法(マッサージ、指圧等)の教育指導

【略歴】
日本指圧専門学校卒業。専任教員として奉職したのち、訪問マッサージ会社に勤務し在宅医療の現場を経験。
機能解剖学、生理学に基づく知見をベースとして、最小限の刺激によって当人の自己治癒力を高め、健康を回復させる施術を行う。
大学時代に始めた競技ダンス(社交ダンス)にも注力的に取り組んでおり、現在は高円寺にて「手あて指あつ処 あい治療院」を開業。
メディア発信やオンラインサロンを活用した後進の育成にも力を注いでいる。

note(SNS)|徒手療法と社交ダンスに思うこと
https://note.com/kinbousui

てあてのたまご|一人ひとりをしっかりフォローします
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