第1回 あん摩・マッサージ・指圧とは
まえがき
あん摩マッサージ指圧師の資格を持っている施術師にとって、これほど悩ましいモノはないと思います。
その一つは、名称。ずいぶんと長いですね。
自己紹介の時にどうやって肩書きを伝えていますか。不本意にも「整体師です」と言ってしまったほうが世間的にも伝わりやすい状況です。
2つ目は、「整体」と呼ばれているものの存在。
あん摩マッサージ指圧師と整体師を区別するのは何でしょうか?
そもそもが、あん摩とマッサージと指圧の3つを区別するモノサシはあるのでしょうか。
この連載を通して、筆者も含めてモヤッとしていることを包み隠さずに読者の皆さんと共有していけたらと思います。そして連載の終わりには、あん摩マッサージ指圧師って、いい仕事じゃないか…と思えるような文章を綴っていきたいと考えています。
歴史を振り返って
ヒポクラテスの時代(紀元前4世紀頃)から、ヒトは痛むところに手を当てる行為(手当て)を行ってきました。時代が進んで16世紀後半〜17世紀になると、フランスを中心とした西欧諸国ではマッサージを体系的に研究する取り組みが行われるようになりました。そして、18世紀のヨーロッパでは整形外科の領域でマッサージが行われています。1)
日本では古く大宝律令、養老令に「按摩」の文字が記録されています。時代を経て江戸時代には、あん摩は視力障碍のある人たちの生業として行われていた背景があります。あん摩のほか鍼灸や琵琶の演奏などにより自らの経済的自立を図っていました。
やがて、明治から大正時代にかけて、アメリカからカイロプラクティックやオステオパシーなどが輸入されると、晴眼者も治療を目的とした手技療法を行うようになります。
1891年(明治24年)には、東大病院にて医療マッサージ師として採用されたことを契機にして、医師の指示のもと整形外科において消炎鎮痛を目的としたマッサージが行われるようになりました。やがて、運動療法、手技療法なども含め、水治療法、温熱療法、電気療法を中心とした物理療法が病院を中心に普及していきます。
当時、諸外国からは医療技術とともに医薬品も輸入されました。その一方で、薬の副作用に対するアンチテーゼとして、医師以外の者が「無薬療法」(薬を使わない治療)をうたった療術(りょうじゅつ)と呼ばれる手技療法が盛んに行われるようになっていきました。
法律的な経緯
ここで、日本における”あん摩、マッサージ、はり、きゅう”の法制化への道のりを振り返ってみましょう。
1874年(明治7年)政府が「医制」を公布します。そこには、【鍼治灸治ヲ業トスル者ハ 内外科医ノ指図ヲ受ルニ非サレハ 施術スヘカラス】と記されていました。この文章の意味するところは【医師の指示のもとにはり、きゅうを行うこと】という内容です。当時、はり、きゅう施術は医師の管理下に置かれていたことが伺えます。
1911年(明治44年)現在のあはき法による規制のベースとなる内容が定められました。内務省省令による「按摩術営業取締規則」「鍼術灸術営業取締規則」があります。
1947年(昭和22年)「あん摩、はり、きゅう、柔道整復等営業法」 が制定されます。これにより、医業類似行為は全面的に禁止とされました。(医業類似行為については回を改めて記します)
1951年 (昭和26年)「あん摩師、はり師、きゅう師及び柔道整復師法」 として法律の名称が変わります。これにより、あはき法は【身分法】であることが明確にされました。
開業届の職業欄に「はり師、きゅう師、あん摩マッサージ指圧師」のいずれかを書くことになります。参考までに、日本標準産業分類によれば、次のようになります。
大分類 P 医療,福祉
中分類 83 医療業
小分類 835 療術業
細分類 8351 あん摩マッサージ指圧師・はり師・きゅう師・柔道整復師の施術所
あはき法の要点
ここで、あはき法の特徴をまとめてみましょう。
現在、施行されている 「あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師等に関する法律」は、1947年(昭和22年)に制定された内容の域を出ていません。その要点は、次の3つにまとめられます。
・養成施設(専門学校等)を卒業し、試験に合格すること
・医業類似行為を禁止すること
・晴眼者を対象とする養成機関の定員増を認めないこと
あはき法は「はり、きゅう、あん摩、マッサージ、指圧の名称のもとに営業免許を与えるための法律であり、医師以外ではり、きゅう、マッサージを行う者に対して免許の範囲内で業を行うことを認めるもの」として位置づけられた経緯があります。
やがて、2000年(平成12年)には、柔道整復師、鍼灸師養成施設の設置基準が緩和されます。その結果、柔道整復師、鍼灸師を要請する学校は増加し、その有資格者数も増加の一途を辿るようになりました。
一方で、あん摩マッサージ指圧師については、設置基準の緩和を求める裁判が繰り返し行われましたが、視力障碍者の職域を守るという名目によりいずれも原告が敗訴しています。3)
その結果、養成施設の定員数は従来通り規制されたまま今日に至ります。
技術的な相似について
東洋療法学校協会のテキストから一部を引用します。
あん摩は、なでる、揉む、叩くなど、7種類の基本手技があります。
経絡の流れに沿って補瀉を行い、気血の流れを整えます。吉田流あん摩(東京医療福祉専門学校)、後藤流按腹(東京衛生学園専門学校)など創始者の名前を残すあん摩もあります。
マッサージは、さする、揉む、振るわせるなど、6種類の基本手技があります。本来のマッサージはオイルやパウダーを皮膚に塗布して行い、血液・リンパの循環を促進して新陳代謝を高める目的で行います。滑剤を利用するのは日本人に比べて皮膚の薄い西洋人に対する皮膚の保護という目的があります。
指圧は、押圧操作(押さえること)と運動操作(関節運動)の2種類の基本手技があります。日本古来の手技療法(療術)の要素を取り入れています。漸増漸減(ぜんぞうぜんげん)の一点圧を用いて自律神経系に働きかけ、自然治癒力を高めます。
と、このように文字だけ眺めれば揉んだり、押したり、叩いたり、という違いや、施術を遠心性に行う、求心性に行うなどの違いがあることは、資格をお持ちの読者の皆さんは知っている通りと思います。 ここで筆者の見解になりますが、あん摩、マッサージと指圧の違いについて述べさせていただきます。さて、次の写真はあん摩、マッサージ、指圧のどれを行っているでしょうか。
写真を見ただけだと、おそらく区別がつかないと思います。
端的に述べると、手を動かしているときに刺激が入っているのが「あん摩とマッサージ」、
手が止まっているときに刺激が入っているのが「指圧」、と区別できると考えますが、いかがでしょうか。
指圧には持続圧という概念があります。
時間にして2~3秒から数秒の時間、一定の深さで圧を加え続けます。
その間、施術者の体幹や上肢の関節は安定を図るために固定されます。
一方で、あん摩やマッサージを行う際には肘や手首を柔らかく動かして、リズミカルに刺激を入れていきます。マッサージをしていて手が止まっていると、患者さんから(何やってんの?)と言われるはずです。 あん摩、マッサージ、指圧は共通する点もあれば、異なる点もあります。施術者は自分自身が得意とする手技を身につけておきたいものです。
<引用・参考文献>
1) 浅井隆彦,世界のマッサージ,フレグランスジャーナル社,2009
2) 浪越徳治郎,おやゆび一代,日本図書センター,2001
3) 裁判例結果詳細,令和2(行コ)53
https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail4?id=90520
<ライターProfile>
name :神田浩士(かんだ ひろし)
保有資格:あん摩マッサージ指圧師、鍼灸マッサージ教員資格
【得意分野】
・指圧をはじめとする徒手療法による施術
・徒手療法(マッサージ、指圧等)の教育指導
【略歴】
日本指圧専門学校卒業。専任教員として奉職したのち、訪問マッサージ会社に勤務し在宅医療の現場を経験。機能解剖学、生理学に基づく知見をベースとして、最小限の刺激によって当人の自己治癒力を高め、健康を回復させる施術を行う。大学時代に始めた競技ダンス(社交ダンス)にも注力的に取り組んでおり、現在は高円寺にて「手あて指あつ処 あい治療院」を開業。メディア発信やオンラインサロンを活用した後進の育成にも力を注いでいる。
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