あん摩マッサージ指圧師の働き方
〜訪問マッサージ編〜
訪問マッサージの夜明け
鍼灸師、マッサージ師(あん摩マッサージ指圧師)が携わる職域として、健康保険の適用となる訪問鍼灸・訪問マッサージの業態があります。
筆者はマッサージ師の免許を取得した2000年当時は、「訪問マッサージって何するもの?」という状況でした。ちょうど介護保険制度が始まるタイミングで、クラスの中でも10人のうち1人か2人が訪問に携わる程度でした。
しかし、これ以降、高齢者を取り巻く環境は病院での医療から自宅や施設で行われる在宅医療へ大きく舵を切りました。
医療の高度化により平均寿命が伸びたことに加えて人口動態の変化(現役世代の人口減少)が背景にあるためです。超高齢社会を迎えた現在では、訪問マッサージを行っている治療院や個人の施術師の数は年々増えています。
自費の施術と訪問マッサージの違いとは?
現在では、卒業生の約半分が何らかの形で訪問マッサージに携わっている学校もあると聞きます。いまや主な就業先の1つとなった訪問マッサージの業態ですが、自費の施術と比べ、どのような違いがあるでしょうか。
私自身、専門学校で訪問マッサージについての講義を行っていますが、授業のはじめには必ずこのテーマを扱っています。自費の施術と医療保険を使った訪問鍼灸・訪問マッサージでは大きな違いがあるからです。
その1つは対象者の身体状況です。
基本的に、自費の治療院には、自分の足で通って来られる方が施術を受けに来ます。
一方、訪問では、自力で歩けない高齢者がその対象になります。
高齢者が訴える症状も膝痛や股関節痛など運動器疾患のほか、パーキンソン病のような進行性難病もあります。原則として、訪問マッサージは筋麻痺または筋萎縮、関節拘縮があると医師の診断を受けた方が対象です。介護度で言えば要介護2〜5の方々が中心になります。
つけ加えると、自費の施術では腰痛や膝痛などが軽減し、症状が改善していくことを目指します。辛かった症状が良くなっていくことで「あそこはいい治療院だ」という評判が立ち、患者さんが多く集まるようになります。
しかし、療養生活を送っている片麻痺の高齢者は一時的に辛さが楽になることはあっても、麻痺している足が100%元のように動かせるようになることはありません。変形性膝関節症のため歩行器を使っている女性の膝の痛みが治まってスタスタと歩き出すことは皆無でしょう。
それでは、訪問マッサージ、訪問鍼灸の意義はどこにあるのでしょうか。
それは、高齢者の日常生活を維持することと、介護者の負担を軽減することの2つになります。
具体的には食事や着替え、トイレ動作など今できていることが可能な限り自分でできるよう身体機能を維持すること。そして、痛みが和らいだ時間を過ごせること、夜しっかり眠れること、足のむくみが軽減することなど生活の質が良くなることを目指します。
また、家族が親の介護をしている家庭では、高齢者の身体機能が保たれることでトイレ動作の介助や洋服の着替えなどをしやすくなるよう施術することになります。
鍼灸師、マッサージ師の立ち位置について
訪問鍼灸・訪問マッサージは在宅医療の一部に相当しますが、介護保険の範疇にはありません。
医療保険を使った療養費という扱いで医師の同意を得て施術ができる仕組みになっています。(療養費制度)
ここで大切になるのが、ケアマネとの関係性です。現在はケアマネジャー1人につき30人程度の利用者(高齢者)を担当することができます。
その中で、身体状況に応じて誰が鍼灸やマッサージを利用するかはケアマネの理解と判断にかかっています。だからこそ、鍼灸やマッサージが適切に行われ、高齢者のADLの維持やQOLの向上につながることが理解されるように、施術師は自ら努めなくてはなりません。
いまは居宅支援事業所へ伺うと、いくつかの訪問マッサージのチラシが置いてあるのが普通です。地域のケアマネジャーに「ここのマッサージ師なら任せても安心」と思ってもらうにはどうしたらよいでしょうか。
そのためにはまず、在宅医療に携わる人たちがどんな役割を担っているのかを知っておくことです。高齢者を取り巻く人たちは、家族のほか介護職、医療職の2つに大別されます。
ケアマネを始めとする介護職の方々には、「高齢者の生活を支えるには身体機能の面でどんな手助けができればいいのか」を共通の話題にして理解に努めます。
それは単に、痛みの程度や立ったり座ったりという動作のことだけでは不十分です。
足のむくみのこと、皮膚の状態や呼吸の様子を観察しておきましょう。訪問鍼灸・訪問マッサージをしていれば週に1〜3回は高齢者に施術を行います。ケアマネよりも接触頻度が多いぶん、施術師は小さな体調の変化にも気づくことができます。
職種別の訪問頻度は
・ケアマネは月1回
・在宅医は2週間に1回
・リハ職は週1~2回
・訪問入浴は週1回
・訪問介護は複数回
…このあたりが平均的な回数です。鍼灸師・マッサージ師は訪問介護に次いで接触頻度が多い職種と言えます。
このような在宅事情を踏まえたうえで、施術師としてできることはいくつかあります。
自立度の高い高齢者には、日常生活動作(ADL)の維持を目指します。立つ、座る、歩くという基本的な動きが継続してできるように施術や機能訓練を行います。
一方で介護度が3~5の高齢者には、拘縮が進まないよう関節可動域を確保するROM訓練をしたり、足のむくみが強い場合には血液循環を促すためのマッサージを行い、末端まで新鮮な血液が流れるようにします。血行がよくなることで褥瘡の予防にもつながるからです。
このようなことはケアマネが高齢者とその家族にヒアリングを行い、ケアプランを立てる段階で大まかな方向性が決まっています。私たち施術師は、高齢者本人とご家族とケアマネジャーの要望を聞きながら施術を進めることになります。
高齢者との話題に詰まったらどうしますか??
高校を卒業して専門学校に入学した人たちは、国家試験に合格した時点で20代前半です。
祖父や祖母と同じ年代の人たちにどうやって話しかけたらよいでしょうか。
そう考えるとむしろ社会経験を積んだ40代、50代の施術師のほうが自分の親と重ね合わせて高齢者と話をしやすいという利点があります。なかには60代でマッサージ師の免許を取得する人もおり、世代が近いぶんより親しみやすく話ができるという一面もあります。
いずれにせよ、基本的には病気のことや体のことについてヒアリングを行い、それらを踏まえて施術をします。おもに関節の動きや痛みの有無のことについて、です。
このほか、高齢者の体調を知るうえでは、食事、睡眠、お通じの3つのことを確認するとよいでしょう。これは、在宅医も往診の際に必ず確認する健康のバロメーターです。
私が体験したことで、食事のことをケアマネに報告した事例があります。
リンク先)note|訪問マッサージの現場と高齢者の生きる意思を支える
https://note.com/kinbousui/n/n0828c47219da
その男性は週3回(そのうち2回はほかの施術師が)施術に伺っているなかで、生活全体を見渡して気が付いたことです。
ヒトの体は食べたものからできています。
高齢者のなかには食欲がないという理由で栄養状態が偏っている人もおり、これでは体力が落ちる一方です。訪問マッサージは「相手の生活に入っていく仕事」という視点を持ち、体のことだけでなく、食事や日頃の様子についても話を聞く姿勢を持ってほしいと思います。
在宅医が主催する勉強会に参加しよう
訪問鍼灸・訪問マッサージの仕事は、自費の施術と違って施術師一人で成り立つものではありません。
介護やリハビリのことなど在宅医療に関わることを知っておくことで、ケアマネと話をするときに話題も広がり信頼を築くことにもつながります。
高齢者の生活を多面的に捉えるには、地域で行われている勉強会に参加するとよいでしょう。居宅が主催する勉強会もあれば、在宅医が主催して行っている勉強会もあります。
有名なところでは新宿区・食支援研究会があります。
http://shinnshokukenn.org/index.html
訪問鍼灸・訪問マッサージに携わっている施術師さんは、このような集まりに参加してみてはいかがでしょうか。
<ライターProfile>
name :神田浩士(かんだ ひろし)
保有資格:あん摩マッサージ指圧師、鍼灸マッサージ教員資格
【得意分野】
・指圧をはじめとする徒手療法による施術
・徒手療法(マッサージ、指圧等)の教育指導
【略歴】
日本指圧専門学校卒業。専任教員として奉職したのち、訪問マッサージ会社に勤務し在宅医療の現場を経験。
機能解剖学、生理学に基づく知見をベースとして、最小限の刺激によって当人の自己治癒力を高め、健康を回復させる施術を行う。
大学時代に始めた競技ダンス(社交ダンス)にも注力的に取り組んでおり、現在は高円寺にて「手あて指あつ処 あい治療院」を開業。
メディア発信やオンラインサロンを活用した後進の育成にも力を注いでいる。
note(SNS)|徒手療法と社交ダンスに思うこと
https://note.com/kinbousui
てあてのたまご|一人ひとりをしっかりフォローします
https://enabeauty-ai.com/therapist