医療・介護の現場で25年以上挑戦を続けてきた経営者が語るのは、「安定した収入と社会的信頼なくして良い仕事はできない」という現実。
今回のインタビューは、訪問鍼灸マッサージ・デイケア施設事業の両輪で事業を拡大してきた、株式会社よもぎ屋ライフアンドヘルス代表取締役 往田和章先生。
(公社)全日本鍼灸マッサージ師会副会長でもある彼は、現場で働くあはき師が「どうしたら満足して働けるのか・鍼灸マッサージという職業を通じてどのような生き方をしたいのか」を共に考え、具現化してきた。
そんな彼のこれまでの道のりや、個人・会社・業界について描く将来像を語って頂いた。

“魅力ある職業”とは
ーー今回のインタビューでは日頃から、「あはき業を魅力的な職業にしたい」と全日本鍼灸マッサージ師会(以下、ゼンシン)副会長・保険委員長として活動していらっしゃる往田先生のお話を伺える機会ができ、大変有難く思います。まず、先生にとって、「魅力的な職業」とはどのようなものでしょうか?
往田先生
“他者からの評価”が重要だと思っています。
もちろん自分の評価というのも大事だと思いますが、それ以上に、やはり人は社会の中で存在しているので、社会の中で生きる・他者からの評価にさらされるというのは非常に残酷だけど重要。
いくら自分が素晴らしい施術者であって思っていたとしても、他者から評価されなければ、それはやっぱり社会の中では認知されないんです。
ーー他者から見て「あの職業は素晴らしい・鍼灸マッサージはいい職業だよね」と評価されることが重要と。
どの仕事でもそうですよね。必要とされているから仕事として存在している訳であって、必要とされないものは自然と淘汰されていく。
どうしてもあはき師って自己満足・自己完結に陥りやすいんです。 だけど一方で他者から見たら、なくていいよとは言われないけど、そもそも意識されてないんです。
どこで評価されるかというのは、それぞれで、例えばリラクゼーションサロンも1つの手段だし、僕は医療の中で生きていくという手段を選択していて、鍼灸マッサージ師は医療の一角を担っているんだという自覚を持って活動していますが、医師に『鍼灸なんてエビデンスないじゃないか』とか『鍼灸なんかとんでもない』などとも言われることもあります。
他者の評価にさらされるというのは怖いことですが、そこにどんどん足を踏み入れていって、自己完結に陥らないように、自分自身に足りないものを求め、フィードバックして資質を高めていく必要があります。社会から認められることが、自分達がこの仕事を選ぶモチベーションになっていくのではないかと思っていますし、「いい仕事だ」「カッコいい仕事だ」と思われることに繋がるのではないでしょうか。自分が鍼灸マッサージを職業として選択した以上、鍼灸マッサージがより多くの人に必要とされる存在にしたいし、なって欲しいと思っています。
ーー経済活動の中では、評価されていなければ自然と淘汰されるし、評価されていれば自然と需要が高まりますよね。あはきの仕事は利用者からの直接評価は受けやすい一方で、直接当事者ではない外部の人からの評価が低く、社会的な評価・認知がされていないのではないかと感じますが、先生はどのようにお考えになりますか?
連携をしてこなかったことも理由の1つだと思います。
以前は医師や看護師、他の医療職種の人たちと話すことを避けていても商売が成立していたと思いますが、今の医療はチーム医療になっていて、役割分担が求められる。その必要性に取り組んで来なかったからではないですかね。患者と自分以外の第三者が介在するチーム医療という枠組みの中で働いてそれに気づけました。
あと患者さんからの評価が得られやすいという点も、僕は決してそうではないと思う。例えば自費治療院で施術が終わった時に、 患者さんにどうですかって聞いて、『すごくなりました』って言われるけど、次回来ないみたいなことがあるでしょう? 自己肯定感高い人は『治ったから来ないんだ』って言うんだけど、本当にそうかな(笑)
江戸時代の「先生と呼ばれるほどのバカはなし」という川柳は、先生先生って呼ばれてるうちにいい気になって、結局何も見えなくなっているというネタですが、この現象は今も昔もあると思うんですよね。
1対1だと評価されやすい仕事なのであれば、もっと受療率って高いはずだし、具合が悪くなったら鍼を受けるとか、多分もっと受け入れられているはずなんだけど、その決してそうではない。
鍼灸マッサージ業界への転換と実態、、、からの、柔整?
ーー往田先生がこの職業を選択したきっかけはなんでしたか?
往田先生
もともと医科歯科調剤向けの電子カルテなどを作るメーカーの営業だったんです。営業先の歯科医師さんに『勉強会を兼ねた懇親会があるから、往田くんも参加しなよ』と誘われて参加した際に、若い歯科医師の先生たちが、すごく一生懸命、「患者さんの口腔ケアを通じて、全身の健康を保ってあげたい」ということを語り合ってる姿を見て、感動しちゃって、直接患者さんを支える側に入ってみたいなと。
加えて、自分の母は視覚障害がある鍼灸マッサージ師だったので、目の前で感謝されている親の姿を見て、漠然と「こういう仕事、いいな」と思っていたのかもしれません。
ーーお母様の影響もあったのですね。
たまたま、母が治療している所に出くわしたことがあります。家にガチャっと入ったら、患者さんと母が喋ってて。がんの患者さんで、放射線治療などを受けてて、 髪が抜けてしまってたんです。ウィッグがテーブルに置いてあって、僕が入った瞬間にバッと被ったんですよね。母は盲人だったから、患者さんもリラックスしてウィッグを取ってるし、辛い抗がん剤治療の最中でも、母と話したり治療を受けることで支えになってたんですよね。
鍼灸マッサージって、施術が終われば『ありがとうございます』と言われるじゃないですか。 僕はサラリーマンだったので、買って頂いた方が『ありがとうございます』と言う世界だったから、これが新鮮で。
たまたま身近にあった鍼灸マッサージを選択しましたが、もし親が歯医者だったら歯医者やってたかもしれない。 鍼灸やマッサージの技術的なことよりは、「誰かに必要とされている」ということに、漠然とした憧れがありました。
ーー私も以前はサラリーマンだったので、その気持ちはわかります。実際に免許を取得し、働き始めてからはいかがでしたか?
25年以上前ですが、僕が初めて勤めた施術所の院長先生はすごくいい人でした。すごく懇切丁寧に教えてくれて、結構自由にやらせてくれて1年目でいろんなチャンスをくれた先生でした。
鍼の勉強会とか行って、 患者さんも順調に増えていった。やりがいはすごいあったけど、その一方で、当時は労災も社会保険も年金もないし、健康保険もなかった。 1日12時間労働・週6日で有給もない。月末に、『今月もご苦労様』って1万円札20枚手渡しでお給料をもらう。
『僕が全部会社負担分も払うんで、労災保険だけでも入ってもらえませんか? 』って頼んだことがあったけど、『手続きめんどくさいし、分からないし、往田くんなんてそのうちすぐ開業するんでしょう』って流された。
いい先生だから休みたい時に休ませてくれたけど、年金や税金など引いたら、手取り14万ぐらいしかないんです。これだと将来結婚もできないし開業もできないと感じて、世の中の一般的な会社員のカタチを知っていたから余計に不安になってしまったんです。
ーーやりがいの一方で、かなり経済的には厳しいですね、、、
あはきの学校って3年間で学費も500万ぐらいかかるのに、それでついた職業がサラリーマンよりも待遇が悪いとなったら誰も目指さないんじゃないかなって思っちゃったんですね。なので自分が開業して従業員を雇用するのであれば、せめて平均的なサラリーマンと同じくらいお給料を出してあげたいし、せめてサラリーマンやってるより、この仕事に就いた方がトータルとしてよかったよねと思ってもらえるような労働環境を作りたかった。この業界全体がそうなったらいいなとずっと思ってたんです。
ーーこの20年ぐらいで随分と労働環境が整備されてきたんですね
20年前ぐらいから面接に来る学生さんが社会保険を気にするようになってきたんです。『社会保険あるんですか』『雇用保険あるんですか』と聞かれるようになった。企業に対する社会保険の整備義務が厳しくなったのと同時に、長く続いた不況による「働く人の生活に対する不安」からの社会全体の変化だと思います。 だから会社側が従業員のためにやってあげようとかじゃなくて、働く側が「そうじゃないと働きたくありません」というように雇用側が選ばれるようになってきたというわけです。
ーー免許取得後、独立までの経緯を教えて下さい
最初の治療院に3年勤めて、柔整を取りに行くことにしました。勤めてた治療院が昼の11時から夜の11時までの営業だったので、学校に行ってたら働けないから、腰掛けみたいな言葉で悪いけど、柔整に行っている3年間だけ出張専門で療養費を利用できる訪問マッサージもやろうかなぐらいの感じで、柔整の学校に行くために致し方なく開業しました。
ーー「外傷を診たい」とか「自分のできる業務範囲を広げたい」という理由で柔整を目指した訳ではなく?
正直言うと、柔整は外傷しか見ちゃいけないということすらも知らなかった。むしろ慢性のものを扱っているイメージしかなかった。自費の治療院に来る人は「病院で治りませんでした→ 次、整骨院で治りませんでした→自費の治療院に行きました」というパターンがあると感じてて、自費だけで仕事してたら手取り14万だけど、整骨院へ行く人の方が多いなら、自分も柔整の免許を取って整骨院として働いて収入を上げようと。
ーーしかし実際に柔整学校に行って、整骨院じゃ慢性症状は扱えないと知った、、、
柔整の学校は、やっぱり骨折や脱臼の固定・整復という授業が中心で、マッサージ的な手技はほぼやらない。「本来の柔道整復師というのは、骨折脱臼しかやっちゃいけないんだ」ということを、学校の授業で知りました。それなのに、学校では、昼間接骨院で働いてる若い学生とかが、『肩こりのマッサージとかこうやったらいいんだよ』とかいうことを、話しながら練習してるわけですよね。『あれ?この人たち、本当はやっちゃいけないことやってんじゃない?』みたいなものを感じる訳です。授業と実際の現場と全然違うんだなってのがわかってきて。
自分としては慢性疾患の患者さんをやっていきたいなと思っていましたので、結果、柔整の免許持ってるだけで一切やってないです。

会社組織 〜従業員が安心して働ける組織作り〜
ーー「学費を稼ぐために」と言う訪問マッサージ事業ですが、立ち上げから順調だったのでしょうか?
往田先生
最初の3ヶ月は、 患者さん全然来なかったんですよ。 ポスティング5000枚ぐらい撒いて、1件もない。知り合いのケアマネさんがいて、それを当てにしてけど全然来ない。でもその人が僕のチラシみたいなものを、今で言う地域包括支援センターに置いてくれたようで、それを見たっていうケアマネさんが1件紹介してくれた。それを皮切りに、続けて患者さんの依頼があって、柔整の学校に行き始めて1年目の11月ぐらいとか12月ぐらいに1人では手に負えないぐらいになって。
それで、雇用する必要が出てきたけど、 やっぱり最初は上手く雇用ができなくて。1日だけ来ていなくなっちゃったとかね。 でも患者さんを引き受けちゃってるから、学校に行けなくなっちゃったんです。 夜8時とか9時ぐらいまで訪問回ると言うのを週6〜7日やってたんで。学校も出席日数ギリギリになって。もう在学中には、事務所と施術所を借りて、柔整学校を卒業するときには従業員が4人ぐらいはいました。
ーー急展開ですね
営業マンだったので、ご依頼頂いたものを断っちゃいけないから代替案を必ず出すようにしていました。
週3日希望が無理な場合は『1日だったら行けます』って返す。希望の曜日が合わない場合は、『月曜日無理なんですけど、水曜だったらいけます』と言う。代替案が合わなければ、断ったのは相手方になるんです。
そうすると「せっかく提案してくれたのに、私が断っちゃって申し訳ない」みたいな感じになるので、次を紹介してくれる。そしたら、もう自分の首が回んなくなっちゃってた。
ーー体力的にも大変だったでしょうね。
そのあたりから従業員の確保をどうしたらいいか、というのを考えていますね。
ーー雇用を安定させる仕組みや雇用を増やす工夫といった点で往田先生の独自のスキームや考えはありますか?
「みんな退職するものなんだ」ということを、最初から受け入れて採用する。辞める時はお互い気持ちよく辞めてもらった方が、その後も関係性は続くんです。
加えて、居心地がよければ従業員はやめないです。退職リスクってやっぱり大きくて、採用も教育もコストがかかるし、従業員は1度採用すると法律上、簡単には辞めさせられない。だから、いい人が入ってきたら、できるだけ長く勤めてもらった方がいい。そのためにはやっぱり労働環境をどんどんよくして、長く勤務してもらえる環境整備が必要です。
ーー労働環境の面で御社の強みはどこですか?
在職歴が長い人が多くて、10年以上勤務してる人が4〜5人います。 当社では従業員1人1人の施術による売上と会社のマージンは全部オープンにしています。だから従業員も納得した上で仕事をしてくれていると思っています。
無駄な労働慣習は省いていて、”会社の車で通勤していいよ”とか”初年度の有給日数は18日”という制度もあります。あとはICT化を推進をして、電子カルテ化や勤怠管理を指紋認証にしたりとか、なるべく施術以外の業務を極限まで減らすことで労働時間を削減し、給料をガラス張りにして、頑張ってる人のお給料は高くなるようにしています。
従業員も、働くモチベーションはそれぞれ違うんですよね。 例えば結婚したてで子供がいてマイホーム買ったと言う人は、いっぱい頑張って稼ぎたいと言うし、例えば40代50代とかで、仕事もしたいけど、家庭の方が大事だよと言う人もいる。 そういった違うモチベーション同士の人がいるのに、「うちの会社ってバリバリ働くのが当然だ」みたいな雰囲気を作ってしまうと、ほどほどでいいって思ってる人はそこからこぼれてしまう。人それぞれ働くモチベーションは違うので、うまく共存できるようにする仕組みを考えて、取り入れています。
ーー個々の働き方のニーズやモチベーションに適応させると言うことですが、雇用環境や労働環境を整えるのはコストのかかることだとも思います。労働集約型産業である鍼灸マッサージは売り上げの上限が決まりやすいので、設備投資と売上のバランスが難しいのではないでしょうか?
例えば、去年からスマホで入力できる電子カルテを導入しましたが、最初、業者さんからは制作500万と言われたんです。僕はシステム会社に勤めた経験があったので、設計書を全部自分で書いて、マッチングサイトでシステムを作ってくれる人の募集をかけました。 1万円から200万円まで20件ぐらい応募があって、応募者の過去のポートフォリオを全部参照して20万で応募してくれた人に頼んだんです。プログラムを組む能力はないんだけど、定義書とか画面遷移図とか、自分達で要件を立てることによって開発コストを安くできました。システムの話に限ったことではないですが、自分でできる工夫はいろいろありますので、みなさんもできると思います。
ーーその金額差はすごいですね。他にもそのような自分で作った設備投資事例のようなものはありますか?
当社は計画書を作って施術をするんですが、半年ごとに、<患者さんの状態評価・施術目標と施術プログラムの立案・書式化・医師&ケアマネージャー&患者さんとの共有>ということをずっと行っていて、その管理システムを作っている最中です。

事業展開 〜草創期から現在〜
ーー開業当初は訪問鍼灸マッサージ、その後ケアマネを取得され現在はデイケア事業所も運営されています。事業が横の広がりを持つようになったきっかけや立ち上げから今に至る大変だったエピソードがあれば教えて下さい。
往田先生
訪問は始めてみたら、すごい楽しかったんですよね。タワマンに住むお金持ちの人もいれば、家賃3万円ぐらいのアパートに住んでいる人もいて、そういうのは施術所にいるとあまりわからない。その人の人生の、ワンシーンに触れてるみたいなところは、自分としてはすごく楽しくて、より患者さんに感情移入できる。その点で在宅がすごい好きでした。
訪問マッサージって週に2〜3日伺いますが、ケアマネージャーは月1回訪問なんですね。そうすると鍼灸マッサージ師の方が患者さんと会う回数が多いし、いろんな話をする。何よりも体に触れる行為って、すごく信頼関係を作りやすい。次第に、「この人のケアプランを僕が作ってあげたい」と考えて、自分の患者さんのケアマネをやりたくなったんです。施術だけではなくて、医師の訪問診療や訪問看護などで包括的に、その人が自分らしく生きていくための周辺のお手伝いができるのがケアマネじゃないかなと思って。
ケアマネを取得して、ケアマネの事業所を最初に作りました。ケアマネって本当大変なんですよ。
平成28年ぐらいまでは介護保険は軽度の人に集中投資をすることで、重篤化を抑制し介護保険料を減らすということをやっていましたが、 それはもう失敗だったという話になり、今では重度の人に集中投資となった。
ケアプランを利用する患者さんは主に歩行困難な人になりますが、ある程度回復できる人もいて、歩行ができるようになると施術を打ち切らないといけない。そうすると行く場所がない。体を動かしたりとか機能を維持するのに困るというシチュエーションになる。当時、鍼灸マッサージ師が午前午後2部制で機能訓練をするデイサービスっていうのが、周りでたくさん出てきた。
僕の周辺の業界団体関係者の中でもデイサービスを運営しているという人もいらっしゃって、視察しに行き、可能性を感じました。 高齢者の方は、ワンストップで済ませたいという人が多く、「ウチならケアプランもできるし、鍼灸マッサージもできるし、デイサービスも提供できるし、ご自身の機能を上げるために、ワンストップで済みますよ」というものを当時は作りたかったんです。
ですが、家賃が高くてテナントを借りるのが非常に大変でした。今、武蔵小杉エリアって坪単価2万円ぐらいですからね。デイサービスの場所も半年くらい探したけどどこもなくて。ところが患者さんで地域の地主さんがいらして、今のデイサービスが入居している建物のオーナーと繋がりがあったので、割安で貸してもらってるんです。
あはき業界への需要喚起 〜業団も企業も個人も〜
ーー業団に関してはどのようにお考えなのか伺っていきたいと思います。
往田先生
先日、ゼンシンの中で施術所の売上に関するアンケートを取ったところ、会員や役員でも売上が厳しい方が多かった。生活とかお金の話ばかりになって恐縮なんですが、業団の役員といえど個々の人間なんで、自分が正しいと思うことを業団の方針として提案してくるわけで、極端な話、「鍼灸師なんて食えないのが当たり前で、従業員なんて雇うのは悪なんだ」みたいな人がトップに立っちゃうと、活動方針もその思想に寄ってしまう。それでは若い人のニーズをくみ取れなくなっちゃうんですね。
鍼灸マッサージ師なんだからといって業団に入るのは当たり前ではないと思う。やっぱり入りたいと思うから入る。もちろん業団は会員の福利厚生がメインではないので、会員サービスだけを充実させるということはないんですけども、ある程度、会員を増やしていかないと発言力は低下するし、発言力が弱いところはどんどん淘汰されている。
逆に、医師会のような強いところは自分達の権益というか、仕事のやりやすい環境整備みたいなことを政策に反映します。鍼灸マッサージの業界全体を賦活化・活性化するために業界団体の力って、どうしても必要だと思う。けど、その一方で、なぜ業界団体が必要かわかってないから入らないという人は大勢いる。業団の必要性の伝え方がやっぱり下手なのかもしれない。

ーー「ニーズ」という言葉が重要だなと思っています。それは市場に対するニーズ喚起もあるし、逆に働き手に対して「この業界で働いてもらいたい・ウチの会社で働いてもらいたい」という希望もある。「一般市場に対して受療者を増やす為のニーズ喚起」や「労働市場に対してこの業界で働く人を増やす為のニーズ喚起」という、2つの視点で往田先生はどのように考えられますか?
例えば、あはき師を目指す人が、看護師や理学療法士じゃなくて、なぜあはき師を目指すのかというと、その大きなモチベーションの1つに独立開業権があると思います。「独立開業ができるから鍼灸マッサージ師」という選択は昔は結構多かったんです。だけど、最近は独立開業に魅力を感じないとか、ハードルが高くなってると言われる。独立開業したってうまくいかない可能性の方が高いんだったら、ずっと大きい病院で働ける看護師や理学療法士の方がいいなという選択になってしまう。
医師会と同様に、あはきの業界団体というのは基本的には独立開業している人の団体なので、独立開業をしている人たちが、やりがいも収入もそこそこあって社会的な信用も高ければ、職業として憧れは出てくるだろうし、目指す人が出てくると思います。反対に、業団内に売上が少ない人が多いということは、”収入が少なくて、社会的信用も低くくて、やりがいしかない”ことの表れになってしまい、働き手としてのニーズも喚起できなくなってしまうんです。
ーー私は独立開業に魅力を感じて資格を取ろうかと思った人間ではあるんですけど、それが低下していくとなると次はどういうような切り口で魅力を伝えていくべきでしょうか?
それしかないんです。独立開業できることしか逆にないじゃないですか。
でも、面接来る人に『将来独立開業とかしたいと思ってるの?』って聞くと、『あんまり考えてない』という人は増えてます。
最初は独立開業したいと思って入職した人でも、現場を見て、「独立開業しても儲からないのかなと思って会社に残ります」みたいなマイナスの理由で残る人も多いです。それはよくないですよね。チャンスがないし、苦労するのが目に見えてると捉えられているのだと思います。
ーー以前はいわば、”訪問マッサージバブル”のような市況の中で、勝ち筋が見えていたが、近年ではそうもいかなくなった。となると労働市場に対する需要喚起は難しいのかもしれません。
ここで、冒頭の、”あはき師を魅力的な職業・他者から認められる職業にする必要”の話に戻ってくるわけです。あはき師として色々な働き方を見せていくことも大事かもしれませんね。
ーー対して、利用者側である一般市場に対して鍼灸マッサージの需要喚起をするためにはどんな手段が必要でしょうか?
鍼に対するイメージって高いんですよ。受療率が少ないのに、やったことがない人でも鍼って効くイメージを持ってる。「スポーツ選手もやっているし、鍼って、なんか怖いけど治るんでしょ? 」っていう漠然としたイメージを持ってる人が多い。
そのポジティブなイメージがあるうちに、患者さんに安心して使ってもらえるような工夫を各施術者もやっていくのが大事かなと思います。
ーー我々がこのように取材活動をしている理由の1つに、”大衆とあはきのチャネル作り”があります。どこに行ったらいいのかわからないという人と、「ここだったら信用できるよ」っていう施術所・施術者をつなげる。 個々の施術所・施術者にできることには限界があります。潜在的なニーズはあるのにコンバージョンしない構造に対して業界・業団としてできる手段はないでしょうか?
施術の中身に業界団体は踏み込まないし、各施術者がどんな施術してるかって、正直知らないし、結構難しいですね。 良くも悪くもお医者さんにかかると、どこの内科行っても「この病気だったらだいたいこういう治療を受けられるだろう」という標準治療がある。でも我々の業界にはない。もう一か八かしかないんで、それがいいところでもあるし、悪いところである。
とすると、施術を知ってもらう前に、自分自身を知ってもらわないといけない。それを実感したエピソードですが、訪問マッサージをやっていた頃、ヘルパー2級を取得しにいく過程でデイサービスでバイトしてたんです。そこを辞める際に「私、往田さんのこと、よく分かったから、 今度患者さん紹介するわ」とケアマネに言ってもらって、仕事が増えたことがあるんです。
やっぱり自分の(会社の)サービスを利用してもらうためには、自分を知ってもらうってことが大事なんです。地域で根ざして仕事をしたいのであれば、どんどん自分から地域活動などに出ていって知ってもらって、「あの先生だったら鍼行こうかしら」というふうに思ってもらう必要があると思うんです。そういう個々の地道な努力は必要だし、個人で難しければ地域の業団を通じて地域活動に参加すればいい。地域のボランティアやスポーツイベント等に参加している各都道府県や市区町村の業団もありますから、業団をそういう風に使ってもらうのもアリだと思います。
これからの話
ーーここまでは往田先生が、今までどのようなことをやってきたのかというところを中心に聞いてきましたが、次はこれからについてどのように考えていらっしゃるのか、今後の構想をお聞かせ頂けますか。
往田先生
たくさんの先生方を見てきましたが、傾向として40~50代で事業のピークが来て、60~70代でシュリンクしていくパターンが多いじゃないかと思います。とはいえ、僕の場合、60~70歳になって『もう経営できないので会社閉めます』とは言えません。
大企業もみんなそうで、トヨタでもどこでも社長が変わったって会社は存続している。そういうふうに、企業として成立するようにはしなくてはならない。純粋な意味で大きくしていきたいというよりは、従業員の働きやすさを追求するのであれば、当然の帰結として会社の規模を大きくしていくことに選択の余地はないんじゃないかと思うんですよね。それをしたいかしたくないかじゃなくて、そういう流れになっていく。 そういう時代に差し掛かってると思う。
ーー次の展開や次の一手みたいなところはどのようにお考えですか?
「いろんな県に出店して」みたいなことは考えてないんですが、現状、この拠点からは川崎市内の4つの区に訪問に出ていきます。そうすると、遠い患者さんだと40分かかったりするんですよね。それは、従業員に対してはとってもあまり好ましくないし、いろんなリスクやロスがあります。
だから広域に支店を置いて拡大していくのではなくて、隣の区など狭いエリアで中継基地的に拠点を広げる、いわゆるドミナント戦略的な形をイメージしています。もしそこが上手く軌道に乗っているようであれば、切り離して、全部従業員に譲渡する。 法人化して、譲渡した従業員を法人の社長にして、「あとは君が自分の裁量でやっていきなさいね」みたいな感じにできたら独立支援も出来て一番ちょうど良いかなと。
従業員にずっと残ってもらいたいと思いつつも、辞めて独立開業する人たちも独立してしっかりやっていけるように支援するし、その代わり、『独立開業したら業界団体に入ってね』っていうことをお願いしてます。そんなことの繰り返しを地道にやっていきます。
ーー患者さんを増やしつつ、従業員の独立も支援できるという拡大と事業継承の合わせ技ですね。今の従業員の皆さんをどうしていきたいか、どうなっていってほしいかということや往田先生自身が今後、どうして行きたいのかというところをお聞かせ下さい。
往田先生
従業員がどうなってほしいかは、正直、あんまり考えないです。それぞれ考えがあるし、それぞれの人生があるので、そこは自分が思う人生を生きてほしいなと思います。人って変わるじゃないですか、考え方とか価値観とか。入社した時はこう考えてたけど、今こうなってますというのがある。社内では主任たちが定期的に個人面談をやったりしてくれてるんだけど、そこで会社が手伝えるものと手伝えないものがある。そこに関しては、やっぱり自分の人生に責任を持つのは自分でしかない。そこまでは立ち入らない。ただ、うちで働いてくれてる限りはしっかり守る。
ーー先生自身に関してはいかがですか?
これから自分はどうするというよりも、後進の人たちに何を整理して残していくかみたいなことを考えます。自分が何をしたいとかこうしたいとかはあまりないかなと。うちの会社をきちんとした組織にして、自分がオーナーじゃなくてもちゃんと回るようにしていくというのを、この先10年くらいで終えればいい。
いい施術をして、いい評価を得て、社会的にもよく見られるような仕組みを作るのは会社としても業界としてもやっていけたらと思っています。
業界全体として言えることですが、施術者としても人としても、興味の対象を幅広く持って学ぶことが大事です。自分自身もそうだし、スタッフも、会社も、ひいては業界としても成長していくことにもつながる。綺麗事かもしれないけど。綺麗事を言わない会社・社会の方が不自然だなと思いますしね。

