「3.5人に1人」と聞いてこれが何の数字かピンとくるだろうか。これは内閣府の発表している高齢者白書令和元年版で示された日本の総人口における65歳以上の人口の割合である。実に人口の3.5人に1人、28.1%が65歳以上という超高齢社会に私たちは生きている。
日本の平均寿命は年々長くなっている。長寿であることは実に良いことではあるが、いつまでも健康でいられるかというとそうではない。日常生活に制限のない期間を健康寿命というが、平成28(2016)年時点で男性が72.14歳、女性が74.79歳となっている。それぞれ平均寿命との差を求めると男性で8.84年、女性で12.35年となる。男女ともに亡くなる前の10年前後は何かしらの健康的なハンデを負っているということだ。
介護の苦悩
これを読んでくださっている方の中にも、祖父母、両親を介護した経験がある、あるいは現在介護を行っているという方も少なくないはずだ。前述の白書の中には要介護認定を受けている者の中で、6割弱が同居している親族等がその介護にあたっているというデータもある。子を想わぬ親がいないように、祖父母や両親に元気でいてほしいと思うのは人類共通の願いであろう。
高齢者の介護の難しいところは、ほんの些細なことが原因で、大きく運動機能を損なってしまい、最悪寝たきりというような状況になってしまう可能性があることだ。それは介護をする側としても大きな負担となる。ついこの間までできていたことが、ほんのちょっとつまずいただけで、できなくなってしまうということもありうるのだ。
また介護を受ける側にとっても衰えていく自身への戸惑いや家族に迷惑をかけることへの申し訳なさを抱えることになる。運動機能が衰えても感受性がなくなるわけではないのだ。しょうがないことではあるが、そう簡単に割り切れるものではない。
ここに興味深い研究結果がある。マッサージを行うことで、高齢者の血流の改善、血圧と心拍の低下だけでなく、心理的にもリラクゼーション効果があったというのだ。
これは全く同条件下でマッサージを実施した時、若年者と高齢者との間でその効果に差がみられるのかという比較をした研究である。当然ながら年齢的な差異として、もともとの血圧や心拍数、筋硬度といった値は高齢者グループのほうが高いのだが、マッサージ後の数値は同様に低下をしていることが分かった。また心理テストにおける気分の評価についてもマッサージ後、若年者、高齢者ともにリラクゼーション効果が認められた。
マッサージというのはいくつになったとしても心地よく、効き目がある。その医学的な効果の現れ方についても年齢的な差はないということだ。特筆すべきは、身体的な効果だけでなく、情動的な面でもリラクゼーション効果があったということであろう。特に思い通りにならないことが増えていく介護を受ける側の高齢者にとって、マッサージを受ける機会があるというのは大きな救いにつながるのではないだろうか。
もう一つ、マッサージについての別な研究を紹介しよう。こちらは高齢者を対象にマッサージを行ったとき、マッサージを行う部位の違いが脳波活動と心理的側面に与える影響について調べたものである。高齢者を2つのグループに分け、それぞれ、腕部分と足部分を施し、計器によって脳波の変化を計測し、アンケートによって心理的側面の変化を測定するというものだ。
結果としては、腕と脚と部位は違っても心理的なリラックス効果は変わらなかったが、脳波の反応では違いが現れた。腕をマッサージしたグループでは「情動」「幸福感」といったものを司る部位が活性化し、脚をマッサージしたグループでは「記憶」「情動」を司る部位が活性化したというのだ。研究グループによれば、今後の展望として、様々な部位のデータを集めるとともに、運動機能だけではなく、認知症といったものの予防や進行抑制などに期待が持てるとしている。
高齢者に対するマッサージの利点をまとめると以下ようになる。
- 運動機能の改善
実際筋肉や関節を伸ばしたりすることにより、硬くなって動かなくなりがちな体の運動機能を改善させることが期待できる。
- 脳機能への刺激
身体への施術は神経を通って脳への刺激として伝わり認知症の予防などの効果が期待できる。また施術者とコミュニケーションを行いながら施術を受けることは、普段の介護生活の中でつい失われがちな会話を行うことにつながる。会話をすることもまた認知症の予防に良いとされている。
- リラックス効果
マッサージにより心理的にもリラックスでき、幸福感を感じることができる。介護は受ける側にも大きなストレスを伴うものであるが、そういった日ごろのストレスを軽減することができる。
健康保険と訪問施術
高齢者にとって、とりわけ、自宅で介護を受けている高齢者にとって、マッサージというのは心理的にも、身体的にも実に有用なことであり、結果として、介護を受ける側にも介護を行う側にとってもうれしい結果につながるのではないだろうか。
しかし、実は高齢者へのマッサージというのは、ちょっとしたリスクが伴うのだ。高齢になればだれにでも現れる変化として、血管や骨がもろくなり、筋肉や関節が固くなる。同じマッサージであっても若年者が受けるマッサージとは違う注意が必要なのだ。ちょっとしたことで内出血を起こしたり、関節を痛めたりというようなことが起こりうる。できることであればしっかりと訓練を受けたプロに施術してもらうことを筆者はお勧めする。
最近では国家資格である「あん摩マッサージ指圧師」の資格を持った方が自宅まで訪問し施術をしてくれるサービスを提供している店舗もある。そもそも自宅で介護を受けている高齢者にとって、マッサージを受けるために店舗まで通うというのはハードルが高い。その点、訪問施術であれば比較的簡単にマッサージを受けられる。
もう一つ気になるのは費用の面であろう。意外に知られていないのだが、一定の条件さえクリアすれば健康保険が適用されるのをご存じだろうか。
「マッサージ」というとどことなく贅沢なイメージがあり、なかなか敷居が高く感じてしまうかもしれない。しかしそれは健康な人が施術を受ける場合だ。
何らかの病を抱えていたり、運動機能にハンデキャップを負っていたり、介護を受けるに至る理由は様々あるだろう。それぞれに主治医がいて治療を受けている状況であることが一般的だ。その主治医の同意を得ることでマッサージや鍼灸治療は医療行為と認められ、健康保険の適用を受けることができるのだ。例えば75歳以上で医療費が1割負担の方の場合、施術の内容などにもよるが1回500円ほどで訪問施術を行っているところもある。医療費の一つとして考えれば、それほどハードルの高い負担ではないはずだ。
月に数回でも施術を受けることで、介護を受ける側の親族がストレスや疲れを癒し、少しでも前向きになってもらえれば価値ある治療といえるのではないだろうか。
長く生きていれば怪我もすれば病気も患う。怪我や病気が原因で何らかのハンデを負ってしまうことは仕方のないことであろう。そしてそれは、あなたの祖父母、両親だけでなくいずれはあなた自身にも訪れる未来である。超高齢社会の日本において生老病死は避けがたい問題であろう。肝心なのはそれらを嘆くことではなく、受け入れ、上手く付き合っていくことではないだろうか。“老い”のある人生を最期まで前向きに全うする。マッサージや鍼灸治療など古くからの歴史の中で培って来た技術の中に、そのためのヒントがあるのかもしれない。