20代の頃、私はよくオフィスでクーラーが右半身に強く当たる場所に座っていました。『右のお尻のあたりが痺れるなぁ』と思っていたら、その後日に日に悪化して行き、さらにはそれが痛みに変わっていきました。最初は我慢できましたが、ついには寝ても覚めても鈍痛を感じるようになりました。しばらくすると歩くことまで困難に。今でも思い出したくないような激しい痛みに「お尻が痛いっ!!!!」と言って、すぐさま近所の鍼治療に駆け込んだことを覚えています。
駆け込んだ鍼灸院
そこは近所で有名な一本鍼の鍼灸院でした。まずはベッドに横になりいきなりお尻をめくられました。お尻を曝け出すのはとても恥ずかしかったですが、痛みの方が辛かったこともあり、我慢しました。先生は一本鍼でまずお尻の真ん中に「ぐさっ!」と鍼を指しました。あまりの痛さに「いだぁぁーーーーい!!!!!」と大騒ぎしました。悪いところに鍼が当たるたびに筋肉が反射し、その痛みを我慢できずに毎回叫んでしまいました。しばらく坐骨神経痛のポイントに鍼を刺され続けましたが、痛みに耐えたり、変な汗をかいたり、治療が本当に長く感じました。
一本鍼は普通の鍼と違って、鍼を何本も身体に刺して、暫くそのまま寝ているという治療ではありません。一本の鍼を『ここぞ!!』というポイントに次から次へとためらいもなく刺していく治療方法です。昔は一本鍼をやっている鍼師は結構いたのではないかと思いますが、今は本当に少なくなって、それを伝える人ももういなくなったかもしれません。
私が駆け込んだ鍼師は初老の先生でしたが、職人技であったこともあり、近所では大変有名な方でした。その先生は悪いポイントは絶対はずしません。「今鍼じゃなくて、釘打ってますよねぇ?」って思わず思ってしまうぐらい、悪い箇所は叫んでしまうくらい響くし痛いです。ただ激痛は酷く悪い箇所だけで、それほど悪くないところは痛くはありません。あんなに細い鍼が釘のように感じられるなんて、本当に不思議です。もうひとつ不思議なのは、特に悪い箇所に鍼が当たったときビクビクと筋肉が激しく動きました。何度も痙攣のように同じ箇所が動くときもありますし、繋がっている神経にビビッと電気のように痙攣が走っていくことも多々ありました。腰に打ったら足先まで電気が走るという感じです。まるで寝ていたものが起きたかのような印象でした。
鍼治療とその後
激しい治療の痛みに耐えて、帰宅しました。
ふと、あれほど痛かった坐骨神経痛がなくなっていることに気づきました。寝ても覚めても痛かったのにまるで魔法のように痛みがありませんでした。一回の治療でここまで治るなんて、さすが一本鍼だと思いました。
すっかり坐骨神経痛がなくなったので、当時若かったこともあり、『鍼灸院にももう行かなくてもいいかなと』思ったりもしました。しかし、『あの寝ても覚めても痛い鈍痛をもう一度味わうのはごめんだ』と思い、念のため2回か3回は通ったと思います。2回目以降は鍼を打ってもらう時の痛みも少しずつましになっていったことを覚えています。
わずか数回の治療で完治し、それからはもう2度とこの時ほど酷い坐骨神経痛になったことはありませんでした。何回か再発したことはありましたが、ずっと酷い鈍痛が続く症状はこの時だけでした。この鍼師の先生にはそれから長い間お世話になり、『肩が凝った、腰が痛い、疲れ目が酷い、首が痛い』などと言った症状を次から次に治療をしていただきました。
本当は後継者を育ててから引退していただきたかったのですが、職人気質であまり人を教えるのには向いてらっしゃらなかったです。80を過ぎる高齢になっても頑張っておられましたが、ついに治療する体力がなくなり、引退され鍼灸院を閉められました。最後に不思議に思ったのは高齢になって体力がなくなると、働き盛りのころの強い鍼はできなくなり、鍼の威力が弱まるってことでした。鍼師の体力は鍼にとても影響することを最後に教えてもらいました。